なぜネパールなのか?

今、日本はもとよりアジア各国で少子高齢化が進展している。わが国では、今世紀の終わりに人口は半減すると予測されている。このままでは日本が滅びてしまうのではないか?そんな漠然とした危機感が私にはあった。

しかしクリニックを大久保に移転してから、私の考えが変わった。確かに国民としての日本人は減ることが予想されるが、住民としての日本人はまだまだ減らないのではないかという考えに至ったのである。

大久保には多数の外国人が居住している。中国の方、韓国の方、ベトナム、ミャンマー、そしてネパールからの方々だ。これらの方々は確かに国籍は日本ではないが、実質日本で暮らし、日本に税金を納税し、日本の社会保障を受けている。広い意味で日本人と言えないだろうか?

しかしこれらの方々と十分みんな交わっているかというとそうではない。それぞれが何らかのコミュニティーを持っており、お互いの交流が非常に少ないのだ。

その中で最近ネパールの人たちの増加が著しい。遠く離れたネパールとはどんな国だろう。そして、今後日本や私たちは交流を深めるべきなのかどうか?そんな問題意識が私をネパールにいざなう。多民族国家であるネパールと単民族国家である日本、山国であるネパールと海国である日本、出生率の高いネパールと高齢化の著しい日本。このようにありとあらゆる意味で対比することができる両国が交流すれば、お互いに補完しあえるものがないだろうか?そんな気持ちと同時に、自分も少し国際感覚を養いたい。そういう機会として、ネパールに定期的に行きたいと考えて居るのだ。

 

 

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今回は、ガンジス川の支流と考えられる川に面した市内のヒンズー寺院の見学から始まり、チベット仏教の寺院などネパールの精神文化に触れることから始まった。

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夜は、友人に招かれ、ネパール人たちの結婚式に急遽参列させていただいたり、

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さらにその後はクリニック見学など到着初日はあわただしい一日となった。

ネパールでは今急速なインフレに見舞われているという。定期預金金利が年12%というのに誰も預けたがらない。なぜなら、それ以上の勢いでインフレが進んでいるからというのだ。

4か月前に私が来た時に比べても物価が上がっているという。

あまり産業がないこの国においてなぜインフレが進むのか?日本を含めた海外にいるネパール人の外貨が流入しているからというのが一つの理由らしい。

旅の序章

昨年10月のネパール行以来、12月のベトナムと隔月の一人海外旅行が続いている。英語もろくにできないのに、1人で海外旅行とはやや背伸びしている感も否めないが、普段の自分とは違う自分、普段の価値観とは違う価値観、普段の世界とは違う世界に身をゆだねながら、非日常を楽しんでもいる。日本からネパールへの直行便はない。中国などいずれかの地を経由してネパールに行かなければならないが、私は利便性からバンコク経由でのネパール行を選んだ。

 

タイの国際空港であるスワンナプーム空港のハブ空港ぶりには目を見はる。

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もともとタイは植民地になったこともなく、第二次世界大戦前後の民間航空の発達期を通じて、バンコクは地理的に他の東南アジア各国に乗り入れやすい上、ヨーロッパオーストラリアを結ぶ「カンガルールート」の中継地点にあり、さらにタイが植民地下に置かれたこともない上、第二次世界大戦前後も大規模な内戦や内乱がなく政治的に安定していたため、シンガポールシンガポール・チャンギ国際空港香港啓徳空港と並び、東南アジアのハブ空港として発達したというのだ。(ウィキペディアの文章を一部改変)

 

 

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まさにここは国際社会である。いずれから人が集まり、いずれかに飛んでいく。トランジットは長いが、こんなとりとめもない非日常も味わい深く感じる。

そしてここを離れると、さらに異国への入り口が広がっているのだ。

父親の療養

最近私の周りでは、両親の介護の問題を抱えている人が増えている。自分が50代後半になり、親が80~90代になりつつあり、まさに介護は他人ごとではなくなってきているのだ。普段かかりつけ医として介護の相談に応じたり、実際の在宅療養の医療的支援をしているが、家族の立場になってみると勝手が違うことが多い。

 

かくいう私の父親も要介護3、実家での一人暮らしをしている。

1日3回の介護サービス、訪問診療を利用しているが、これまでは手すりを使った伝い歩き可能で、比較的安定した療養生活を営んでこられた。

しかし低温が持続する東京で、暖房嫌いの父親は、寒い部屋の中で体が硬直して転倒を繰り返したり、嚥下が不良になり、脱水や肺炎の危険性が高まってきている。ヘルパーさんが緊急コールで対応してくれ、主治医が頻回に見守ってくれたおかげで何とか、父親は体調を取り戻しつつある。

 

今週末私は、1か月ぶりに自宅に訪問して、父親の変化を見舞った。久しぶりに見た父親は椅子に座りっぱなしになっており、近くのポータブルトイレにもいけない様子だ。食欲は良好で、がつがつ食事をするが、そのあとで強烈にむせこんでいる。正月に会ったときに比べて急激に生活機能が悪化していた。

 

どうしたらいいだろう。家族皆で頭をひねりながら、移動距離を少なくするために配置換えをし、嚥下ができそうなゼリーを大量に購入したり、ケアマネさんに介護サービスの増回や要介護度変更のお願いをした。いつもかかりつけ医として、私は患者さんにしている対応だが、家族の立場でするのとは大きく異なる。

 

父親は家での療養を希望している。しかし父親は独居生活者でもある。徐々に低下する父親の状況に応じた介護や生活支援サービスを保険、自費で、効率的に、しかも即時的に組み合わせていく必要がある。その間のサービスの隙間や必要な物品購入などは家族がささえることも必要だ。

 

今後は介護保険のサービスを利用しながら、それで足りないところは、ある程度の自費サービス導入も必要かもしれない。独居と言えども、いや独居だからこそ皆が力を合わせれば、何とかなるのではないだろうか?

独居を支える家族のありかたは、どういうことなのか、今後私たちの模索は続くようだ。

ベトナムの医療状況

今回のツアーでは、特に医療施設の見学を予定していなかった。

しかし、たまたま知り合った人にお願いして、いくつかクリニックや病院、そしてベトナム伝統医学博物館を見学させてもらった。

 

 

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Lotus Clinicは、日本人専用のクリニックだ。すべてのスタッフが日本語対応可能だ。千葉の病院が母体となっており、2年交代程度で日本からの医師などが赴任しているという。ベトナム人の患者さんは非常に少ないようだが、少しだが富裕層の利用があるという。大久保の事情などを話すと、対応してくれた日本人コーディネーターが、まだまだベトナムは貧しいから今後も日本に行こうとするベトナム人は増え続けるだろうと話されていた。

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ベトナム人が利用する病院も覗くことができた。知り合いのベトナム人にとっては、この病院はとても高価だと言っていたが、入り口の前から患者でごった返していた。

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内科のブースだけでも5診、そのほかレントゲンや採血、点滴などを1階のワンフロアで対応していた。そのほかにも外科や病棟などが配置されているという。

ベトナムには健康保険が整備されているというが、まだまだ日本のような国民皆保険・ドの医療機関でも保険が使えるという形にはなっていないらしい。

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ベトナム伝統医学博物館には圧倒された。2007年に創設された博物館というが内容は非常に充実している。漢方薬や様々な民間療法の資料が所狭しと配置されていた。

 

私のベトナム、ネパール両国の滞在を通じて感じたこと。それは非常に日本の医療が恵まれているということだ。両国ともに医療は非常に高価であり、簡単にアクセスできる状況でもなく、さらに内容も決して高度とは言えないと思えることだ.

価格、アクセス、内容ともに日本の医療は、素晴らしい。と思えたのは、身びいきなのだろうか?