時代の焦り

この2日間、私は地区医師会の指示で認知症サポート医研修会に出席していた。

認知症サポート医とは、地域のかかりつけ医が認知症患者さんを診療しやすく、基盤整備したり、地域の困難事例に対応する医師である。

国は超高齢化のスピードに合わせて、認知症初期集中支援チームを作り、認知症地域支援推進員を配置するという。それをサポートするのが認知症サポート医の役割でもある。

全国から340名の医師が参加する研修会は土曜日の午後から日曜日の昼過ぎまで、トータル10時間以上の研修だったが、今後の役割の大きさに比べれば、決して長い研修ではない。

しかし実は、これまで各地の現場でそれなりに普通にしてきたことだ。このように制度やシステムができると、何かこれまでも普通にしてきたことが、特別な意味や役割を持つようになる。

あえてそういう意味や役割を作り、制度化なければならないことに、時代の焦りを感じる。

今後たった数十年で社会の人口構成が逆転する。    いかに高齢期の様々なステージを無理なく過ごせるようにするかを急速に整備する必要がある

中でも認知症施策は喫緊の課題だ。何が何でも急いで体制を作る必要がある。

そんな意図がまざまざと感じられる研修会だった。

 

どう生きるのか?

示唆をすることもできる。サポートすることもできる。しかし・・・どう生きたいかは自ら決めるしかない。

 

日曜日の夜に電話が鳴る。

入院中の、普段見ていない患者さん。時々必要時に往診していた患者さんが、経口摂取困難と言われ胃瘻の増設をすべきかどうか迷っているという。

 

胃瘻をつけても自宅で過ごすことは十分可能だし、胃瘻をつけずに自然に自宅で過ごすことも可能だ。どう過ごしたいかさえ明確にしてくれれば、アドバイスもできる。

しかしどう過ごしたいかを明確してくれればいくらでもアドバイスできる。

それも困難なようだ。それもわかるような気がする。 ならば少しゆっくり話あったほうがいいと思う。だから、明日の私の外来に来ていただければ、いろいろご相談に乗れるとお伝えする。

しかし、明日は仕事だから、無理だという。

地域には、答えのない話もある。

在宅医療の研究について

在宅医療に従事する医療者が増えている。昨今では日本在宅医学会での研修プログラムの充実など研修や教育の機会も増えてきた。しかしまだまだ在宅医療における臨床研究は少ないままである。

在宅医療現場では、臨床的疑問は生じないのだろうか?いや在宅現場には限りなくたくさんの臨床的疑問がわいてくる。

例えば、各在宅医療機器の在宅ならではの管理はどうすべきか?寝たきりの高齢者にどこまでの血圧管理が好ましいのか?悪性腫瘍患者の予後予測評価は果たして在宅で成り立っているのだろうか?などなど無限ともいえる臨床的疑問が広がっている。

つまり在宅医療は臨床研究の宝庫であるといえる。しかし実際にはそれがまったく進んでいない。

昨日当院では、東京大学在宅医療学拠点の山中崇先生に「在宅における研究の在り方について」についてご講演いただいた。

まだまだ進んでいないが、今後、東大や日本在宅医学会を中心に少しずつ条件整備しいくとのことだった。

では研究するには、どのような課題があるのだろうか?

1・臨床的疑問を明確にする。

2・先行研究や文献などを調べる。

3・実際の研究デザインをする。

4・倫理委員会などによる研究の妥当性、適正性などの評価を受ける。

5・実際の臨床研究を行う。

6・統計的解析を含めて、結果の妥当性を検証する。

7・論文にまとめたり、学会に発表する。

ちょっと考えただけで、このような膨大なプロセスがある。

 

しかしだからと言って人任せでいいわけではない。

これまで長いこと在宅医療を行ってきた者の一人として、少しずつでも、研究的素地を整備していきたいと感じている。

千里の道も一歩よりである。

オンライン予約

当院外来にはさほど検査機器はない。

検査機器といえば、レントゲン,DEXA、心電図、エコー、聴力検査、スパロメトリー、オージオメーター程度である。

CTやMRI、PET検査などは外注するしかなかったのだ。

しかし最近では、当院のパソコンから大久保病院や国立国際医療研究センターのこれらの検査予約が自由にできるようになった。

自院の院内検査のように、予約できる。

今日、当院の胸部レントゲン写真で異常を見つかった患者さんのCTを今日すぐにオンライン予約でとることができた。

地域全体が一つの病院になる。

そういう日も間もなくだということを実感した瞬間だった。