高齢者のワクチン接種

冬のインフルエンザ予防接種の時期を迎えて、小児から高齢者まで多くの方々がワクチン接種に来院している。小児は非常に厳密なワクチン接種スケジュールが守られているが、まだまだ高齢者の方で、ワクチン接種計画をきちんと立てている人は少ないように思う。

 

では、高齢者に勧められるワクチン接種スケジュールとはどういうスケジュールだろう。

まず有名なところでは、肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンだろう。インフルエンザワクチンは毎年10月から11月ごろの接種が好ましい。また肺炎球菌ワクチンは5年ごと、例えば、60歳、65歳、70歳、75歳、80歳、85歳・・・と覚えやすい5歳刻みで接種していくことが望ましいので、実際にこれらのスケジュールで公費助成が行われている。

 

このほかに、高齢者にお勧めしたいのは、水痘ワクチンだ。帯状疱疹に対する免疫力を高めておくことが重要だからだ、これはおそらく一生一回での生涯免疫が期待されるものだが、昨今水痘自体の流行が少ないので、実際に免疫効果が減弱しているからだ。

50~60歳ぐらいになれば一度、接種をしておくことがすすめられる。

 

だから今後高齢者のワクチンスケジュールを立てるとすると、50代のうちに水痘ワクチン、60歳になれば5歳刻みでの肺炎球菌ワクチン、そして毎年11月前後にインフルエンザワクチン接種をすることが望ましいのではないだろうか。

中医協では、

来年度の診療報酬改定に向かっての議論が白熱しているという。

月二回の訪問診療を算定基準とした在宅時医学総合管理料。それを月一回でも算定可能にしようとする議論や、在宅患者のそれぞれの重症度に応じた評価を検討したり、同一建物に居住する高齢者の在宅診療の評価を見直ししたり、外来での地域包括診療料の算定の在り方が議論されているようだ。

 

これらの議論が目指す、高齢者地域医療の在り方とは何だろうか?

 

在宅だけを集中的に評価するとか、看取りだけを集中的に評価するという、重点評価医療政策からの脱却。つまり、個々の高齢者ごとの、多様な生活、多様な疾病や障害状況に応じた適切な医療的支えを評価したいというのではないだろうか?

 

外来という枠にとらわれるでもなく、在宅という枠にとらわれるのでもなく、外来には外来なりに望まれる高齢者の支えがあるし、在宅には在宅なりの望まれる適切な支えがある。集合住宅には集合住宅なりの支えがある。それらを細かく適切に評価したいという底流があることを感じているのは私だけだろうか?

 

たとえ、結果がそれぞれ短期的には私たちにとって利にかなったものではないとしても、そういう気持ちでの議論が進むことを私は期待している。

顧客第一主義

今日、製薬企業の方々との交流があった。

その企業は、製薬企業として初めて在宅医療専門チームを作ったというのだ。

しかし社内では、薬を売ってなんぼという営業マンが多い中で、薬が売れない分野に営業する意義を説明することは難しい。社内を説得できなければ、対外的活動ができない。

だから思想的に、商品第一主義から顧客第一主義への転換が必要だという。

その話を聞いて、私も思った。

私たちも医療第一主義から患者第一主義への転換が必要だと。

顧客を幸せにする一つのアイテムとして医療があるのであって、もしほかに幸せにできるのであれば、あえて医療を否定する勇気を持つべきである。在宅医療はまさにそういう医療である。

顧客を増やしたものだけが、次の医療を作ることができるのだと。

二度目の家族会議

会議の趣旨がわからない父親がいきなり怒り出す。

「俺は老人ホームに入らないぞ。お前らの世話にもならない。」

 

:::::::::::::::

 

このところ急激に足腰の力が弱くなって、転倒を繰り返すようになった一人暮らしの父親の今後のことを相談するために、前回集まったのは、1カ月前のことだ。

 

メンバーは、私と家内、そして2人妹たちが集まった。その時に今後の方策を何パターンか検討して、一か月後に集まることとしていた。

 

一つ目は父親が安心できる有料老人ホームに入ること。

二つ目は実家を何らかの施設に変えることで、みんなが関わりやすくすること

3番目が実家を改築して誰かが同居すること。

だった。

 

一つ目については、父親に一度でいいからデイサービスでも試してみたらどうかと提案した。

そして2番目と3番目については、私が専門家に調査を依頼することで、資料を作ったうえで集まることとしたのだった。

そしてその調査結果が集まったので、再び家族会議が開催されたのだった。

 

後で相続で揉めないため。みんな知恵を出し合ったという過程を大事にするため。そのための検討をする必要があった。

そしてその結果を伝えながら、今後のことを生産的に進めるための会議だった。

 

::::::::

私はこんな仕事をしているだけに、多少わかっているつもりだった。

しかし親の心子知らず、子の心親知らず。になってしまった。