在宅医療の臨床研究

在宅医療を行っていると、現場の行動指針があまりにも未整備であることに気が付く。

在宅では、経験に基づいたものだったり、慣習的なものであったりする行為が混在している。

経験もない医療者にとっては、手探りで一つ一つの臨床的課題に向かい合わなければならない。

 

今後の在宅医療が堅実に発展していくためには、現場に役立つ行動指針作りが不可欠である。だから今、在宅医療の臨床研究を進めなければならない。

 

そういう意図で本日開かれた「在宅医療における研究の振興に向けてのワークショップ」に参加した。

 

日本在宅医学会と東京大学医学部在宅医療学拠点の共催だ。

 

参加者は20名程度とこじんまりした会であったが、20年近く在宅医療に携わってきた私にとってとても画期的な会であった。

 

在宅医療に関する先行研究が非常に少なければ、研究者自体も非常に少ない。

倫理性への配慮や研究デザイン作り方など、在宅医療ならではの、様々な課題もあることがよく分かった。

 

しかしこれからの高齢化社会において実効性のある在宅医療や地域医療を普及させるのに、研究の裏付けは不可欠なのだ。

 

今後、本会を主催した東京大学医学部在宅医療学拠点の山中先生、東芝病院緩和ケア科の茅根先生にご指導いただきながら、当院でも臨床研究をしていくことにつなげたい。

 

そう強く思うことができたことこそが収穫である。

 

ベットの位置

高校生の息子さんと大学生になったばかりの娘さん。

二人の勉強机が置かれている部屋の真ん中に、父親の介護ベットが設えられていた。

 

今年3月に悪性腫瘍と診断されたときには、すでに転移をしていたという。

それからは闘病生活を繰り返して、最後を過ごすために、家に帰ってきた父親のベットだ。

 

「今は、おなかの張りがつらくて、全く食事をとることができない。でも水分は飲めている。そのうち水分も取れなくなるといわれている。そして寝たきりになり、意識が遠のくだろうと先生に説明を受けた。」とベットに腰かけた父親が静かに話す。

 

しかし顔色は決して悪くない。

「先生には、手の施しようがないといわれたが、これからいろいろ試したいことがある。ヨガやサプリメント、いろいろがんに良いと言われていることを試したい。」と目を輝かせる。

 

「あなたやご家族は、これからいいと思われることをどんどん試してください。当院の看護師がその間の生活の支援や体のバランス調整をします。またもし痛みや嘔吐が起こってきた時の対応は医師が行います。」私が答えた。

 

しかし私は気になっていた。

なぜ息子さんや娘さんの勉強部屋にこのベットが置かれているのだろうか?

 

ほかにも部屋がある。居間もあれば、夫婦の寝室と思われる和室もあった。だがあえて、最も奥に位置された子供たちの勉強部屋の中央にベットが置かれていた。

 

息子さんや娘さんも診療には同席していた。

二人とも正座して、父親と私のやり取りを見守っている。大学生になる娘さんは時々メモも取っていた。

 

私は気が付いた。

父親の闘病はこどもたちにとっても、学びだったのだ。

 

勉強部屋に置かれたベットが物語っていた。

大学生と高校生になるお子さんたちは、これから何を学ぶのだろうか?

 

「最後までここで過ごしたい。」父親が静かに話した。

取材

取材というと、たいていはこちらから患者さんにお願いして取材させてもらうことが多い。

つまり、テレビやマスコミなどから取材依頼が来て、どうしても患者さんを紹介してほしいと頼まれて、何とか取材に応じてくれそうな患者さんを探すという段取りだ。

大抵は自宅の様子をつまびらかに人に見られたりすることに抵抗感があるし、自分や家族が療養している姿を見せたがる人は少ない。

今回は異なっていた。

 

患者さんの同意はすでにいただいております。だからあとは先生に出ていただきたいのです。そんな取材依頼に私は面食らってしまった。

在宅医療助成財団「勇美記念財団」が在宅医療の啓蒙向けに作る広報ビデオを作るために、どこからどういうルートだかわからないが、すでに私の患者さんには同意が得られている。

 

あとは私に出てもらえればいいだけだというのだ。

 

普段と同じ診療をと言われてもカメラの前では、いつも通りというわけにはいかない。それでも何とか、意図通りの映像が撮れたようだ。

 

患者さんは80代の脳梗塞後遺症の女性だ。4年前から、気管切開され、胃瘻もついている。一時は人工呼吸器も使用していたから、在宅患者さんの中でも重症な部類だ。

 

しかし4年たった今、毎日、絵画を描いたり、散歩にも出かける日々を送っている。月に一度は温泉旅行にも行っている。

もちろんその間の吸引や胃瘻からの栄養の投与などが欠かせない。

しかしそれでも、娘さんが献身的に介護したおかげで、こんなに元気になったのだ。

 

呼吸器や胃瘻はよく延命医療として嫌われる。

しかし、この方は幸せだ。

なぜなら、その人がきちんと人生を取り戻せているからだ。

 

人生を曲げてしまうのは、医療行為(延命医療)ではない。

実は周囲や家族の関わり次第なのだということを知ってもらいたい。

 

3万枚配られるというDVDで、多くの方々にそういうメッセージが伝われば、と私は願っている。

自戒の意味を込めて

これはかなり勝手な持論だが、医療者には3パターンしかないように思う

一つは患者さんを増やす医療者

一つは患者さんを維持する医療者

一つは患者さんを減らす医療者である。

 

ではその違いは何だろうか?

 

勤勉さだろうか?

医療的能力だろうか?

愛想のよさや親密さだろうか?

 

たくさんの医療者を見ていると、違うように思う。

その違いは一つだけ、時代や地域、患者さんのニーズに合わそうと変化できる医療者かどうかだ。

 

進化論で有名なチャールズ ダーウィンの言葉を思い出す。

「最も強い者が生き残るのではなく、 最も賢い者が生き延びるのでもない。

唯一生き残ることが出来るのは、 変化できる者である。」

自戒の意味を込めて