勉強会

 

当院では、今年の4月から、月、水、金の朝7時半から8時まで、早朝勉強会を開催している。当初4月 5月は、新入職者のために、在宅医療のノウハウについて実際的講義を中心としたが、最近では、いろいろな人が発表し相互に学びあう機会となっている。

 

向山先生の緩和医療講座や平林先生の腎不全講座、ケアマネの堀尾さんによるケアマネ講座や理学療法士の永田さんや小沢さんや言語聴覚士小田さんなどによるリハビリ講習会などが好評だ。

 

さらにその間に読書会も継続しており、これまでパーキンソン病やALS、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症、骨粗しょう症などの勉強をみんなでしてきた。

 

 

また、毎週火曜日にはメーカーなどによる昼食勉強会、隔週金曜日の夜6時から症例検討会、そのほか診療会議時のメーカー勉強会、さらには時々外部講師を招いての勉強会はこれまで褥瘡勉強会や輸血勉強会、骨粗しょう症勉強会なども催してきた。

 

その他さらに院外の勉強会として、「緩和ケア研究会」を向山先生の企画で、5回にわたって開催してきた。

 

そのうえ、さらに都内あちこちで開催される勉強会に顔を出すことが多い。

 

こうしてみると早朝勉強会を始めほとんど毎日といっていいほど勉強会が続いている。

 

なぜこれほどまでに勉強会をしているのか?

 

ひとえにいい医療を行うためである。

 

刻々と医療や医学は進歩している。

その恩恵をきちんと患者さんに届けていくことが、何より大切だと思っている。

 

それにしても地域医療のフィールドは広い。

学ばなければならないことはあまりにも多い。

 

内科だけではなく小児科、整形外科、精神科など、さらに栄養やケア、介護の知識、そのほか制度やシステムの理解など、上げればきりがないだろう。

 

地域医療を継続することは地域医療を学び続けることに他ならない。勉強し、診療し、振り返り、さらに学んでいく。

そんな流れが自分たちの、地域医療の幅を広げていくだろう。

[新宿ヒロクリニック1]

小児科研修

細々とではあるが、これまでも当院では小児の在宅医療を行っていた。また今後は外来で小児医療のプライマリ対応もできるようにしたいと考えている。

 

そこでこのたび私は小児医療の研修を受けることとした。研修先の国立国際医療研究センターの小児科は医師数20名を超える大変スタッフ陣容も充実した施設である。

今後半年にわたり不定期だが、トータル40時間以上の病院研修をこれから受けることとなった。

 

本日はその初日、たった半日の研修だったが、充実した半日を過ごすことができた。

朝の申し送りから始まり、病棟の回診。そして外来業務。その合間に小児ならではの感染症の見方や見逃してはいけない疾患の数々についてのレクチャー。七野小児科部長先生以下スタッフの方々に大変感謝している。

 

特に本日学んだのは、小児ならではの診察の数々。

優しい言葉遣いで子供をリラックスさせる。

手足を触ったり、気さくにコミュニケーションを図りながら、決して仰々しい診察ではなく、遊びながら声掛けしていく。それでもその間、くまなく全身を効率的に見る。こんな診察の仕方に私はとても感動した。

 

「口腔内は最後に診察するようにしてください。これは小児科医にとって常識です。」大人には何でもない口の中の診察も、子供にとっては恐ろしい診察になるというのだ。

 

今日はその他,皮疹や便の状況などから鑑別する感染症の見方。点滴や吸入や吸引の使い方など基本的手技などについてもレクチャーを受けた。

 

小児科専門医になるわけではないし、慣れるとも思っていない。

しかし今後も小児も含めてあらゆる人たちの社会生活を支えるために、自分たちができる医療的サポートは惜しまない。

 

そのための研鑽はし続けたい。これが私たちのスタンスだ。

 

本研修を通じて、小児プライマリケアの在り方を探ると同時に、密接な連携を構築できたらと感じた次第である。

研修から帰り、クリニックにつこうとした時、近くの住民の方から声をかけられた。「早く小児科も始めてください。近所のお母さんたちと話していたんです。ヒロが小児科もやってくれたらと・・・」

こんな住民の方々の声に励まされる。

クリニックを育てるのは、スタッフの努力もあるだろうが、地域の方々の声こそが大事なのだ。

 

がん医療の将来

私が24歳の時、48歳の母が、乳がんでこの世を去った。

私が医学部に進んだのは、母親の闘病がきっかけだった。乳がんという病気に振り回される母親の姿、そしてそうした母親をどうして支えたらいいのかわからずに、さらに振り回される家族の姿が、自分の進路を決めかねていた私を、医学部進学へいざなったのだ。私が医学部に合格したのは、母の死から2年後、だから母親は私が医者になったことを知らない。

当時のがん医療は、凄まじいものだった。

手術、化学療法、放射線治療などは少しずつ進みつつあったが、今ほどの進歩もなく、何より緩和医療が全く未整備だった。

がんなのだから痛いのは当たり前という時代だったのだ。

がんが腰椎に転移して、激烈な腰痛に苦しみながらも、まだ成長期だった私や妹たちのために、台所に立つ母親の後姿を思い出す。

 

その後30年、がん医療には予防や早期発見、治療、緩和で大幅な進歩が見られた。

今でもがんは撲滅されたわけではないが、がんがあっても、ある程度思ったように人生を全うできる時代が見え始めた。

 

これまで当院では、がんの在宅医療に力を入れてきた。

痛みや呼吸苦など様々な症状をやわらげ、家族の介護負担を軽減し、在宅療養の意義を深めようと私たちは、必死で努力してきた。

 

これまで在宅でも使える薬や治療方法も大幅に進歩した。

おかげで、激烈な痛みに苦しむ患者さんは大幅に減らすことができた。また化学療法の進歩により、腫瘍の進行を大幅に遅らせている患者さんも増えてきた。介護保険制度の整備などで、がんの患者さんにも介護や生活サポートが行われるようになってきた。

ここでは詳しく述べないが、私たちの今の主要な関心事は、がんによる衰弱(悪液質)を防ぐことになりつつある。

がんによる死には、もちろんがんの増大自体による臓器障害もあるが、それ以上にがんが怖いのは、がんが出す様々な物質により全身が衰弱することである。

当院では、向山雄人先生を中心に、ビタミンや漢方薬、ホルモン剤などをうまく駆使することで、がんによる衰弱を防いだり、遅らせることはできないかということを模索が始まっている。

 

いずれ、がんは致死的疾患から慢性疾患になるかもしれない。つまりがんがあっても、がんとうまく共存し、進行も痛みも衰弱もなく、穏やかに過ごし続けることができるようになるかもしれないと夢見るのだ。

 

このように、がんの予防や治療、緩和は大幅に進歩しつつある今、最後に母親が言った言葉を思い出す。

 

「どうして、おまえは入院した時、私に一緒に寝ていてほしいといわなかったの?」

 

私が小学校4年生のとき3日間だったが、一度だけ入院したことがある。

その時私は母親に付き添ってくれとは言わなかった。

別に付き添ってほしいとも思わなかった。

 

しかし、母親はそれを申し訳なさそうに思い出していた。

日に日に衰弱する自分の姿を自覚した母親にとって、もう自宅に帰ることはかなわないことを知っていたのだろう。

せめて自宅には帰れないが、少しでも一緒にいてほしいという気持ちが、そういう言葉に現れたのだろう。

 

予防も治療も緩和も進んだ今でも変わらないものがある。

病者を孤独にするのは、実は病気ではない。

周りの関わりなのだ。

縁結びとしてのホームページ

今日の外来に、少し遠方から来てくれた患者さんがいた。

遠方といっても初台だから、それこそ電車でも訳はない。しかし多少足こちが弱っている母親をまだ乳飲み子を抱えた娘が連れてくるのだから、電車しんどい。だからわざわざタクシーを使ってきたのだという。

何の気なしに、当院はなんでお知りになりました。と私が訪ねると、娘が、

「ホームページです。」と答えた。

 

母親が認知症じゃないかと心配になって・・・明日は検診に行くけど、その前に高齢者の診療に詳しいところで、見てほしかったから・・というのが来院の理由だった。

 

しかし連れてこられた母親は困惑気味だ。母親にとっては不本意な受診だったようだ。

娘が言い訳する。「無理やり私が連れてきたんです。」

一人暮らしの母親はもともと不精な性格。最近それがさらに講じて料理もしなければ、片付けもしなくなった。約束を忘れることもある。という。

 

「どんな生活をしているのですか?朝は何時におきますか?」私は母親に事細かに生活の具合を尋ねた。私はなるべく母親に自分で生活を話してもらいたかったのだ。その理由は、一つには自分の生活をどのように管理できているのかを知るため、もう一つは母親の気持ちがほぐれてくれるのを期待したからだ。

 

そして気持ちが十分ほぐれたところで、それではご高齢の方にいつも質問させていただく質問用紙がありますから、それに従って質問させていただいてもよろしいですか?と切り出すと、快くうなづいてくれた。

 

「これは記憶や検査のチェックも兼ねているので、少し難しい質問もありますが、できなくても気にしないでください。」私は母親の気分が変わらないように配慮しながら、MMSE検査をしてもらった。

 

結果は28点、30点満点だから、ほとんど満点だ。つまりこの検査だけでは認知症とは全く言えない。

 

「すごいですね。こんなにできる人はほとんどいませんよ。」私の言葉に、親子ともに顔をほころばす。

母親が認知症ではないと言ってほしかったから連れてきた。と娘は私に来院の意図を打ち明ける。

 

確かにMMSEでは認知症とは言えない。しかし行動が少し変化していることは確かだった。これからの生活の仕方や注意点だけをお話しして、診療は終了した。

 

当院がホームページをリニューアルしたのは昨日のことだった。それがさっそくこのような縁につながった。

私もびっくりしたが、もともとこのような段階のご高齢の方の生活不安、その後の療養不安に寄り添うことが当院の目標だ。

適切な縁結びができた新しいホームページの在り方に感謝した。