父親の姿に学ぶ

本日の早朝のことである。

夜も0時を過ぎたときに私の携帯電話が鳴る。「ヘルパー会社のものですが、訪問したところ倒れていて、足を広げて動けなくなっています。」すっかり夢の中にいた私は、最初は患者さんのことかと思って、話を聞いたが、よく聞きなおしてみると、実家で一人暮らししている父親のことだった。

足を開いて動けなくなっている。・・・大たい骨頸部骨折?

まずは救急車を呼んで、救急病院に搬送してもらってから、対応しようと思ったが、その後到着した救急隊の評価では骨折ない。曲げ伸ばしもしっかりできるから、骨は折れていないという。

それならば、今晩は安静にしてもらって、午前中に家内に訪問してもらい。今後のことを組み立てることとした。

昼前に家内が訪問する。痛いところはないので、特に骨折などはなさそう。だがやはり歩けそうにない。本人は自宅でこのまま何とかやりくりつけたいらしい。すぐさまケアマネの手配で1日3回の訪問看護が導入になる。そしてすぐに緊急では入れるショートステイ先も手配してくれた。

 

 

昨年までは何とか外出もしていた。最近では家の中でも歩行がおぼつかなくなってきており、転倒を繰り返していた。そして立てなくなった。このような流れは遅かれ早かれ起こることが予想された。そういう父親の姿と、私が何百人、何千人とみてきた自宅療養された高齢者の姿と重なる。

 

しかし、いざ自分の身内のこととなると、わかっていてもできないもどかしさや、様々な葛藤があることを痛感する。それと同時に、ヘルパーやケアマネ、救急隊の方や家内など、様々な周囲の協力はなんとありがたいものかも感じることができた。

 

やはり、当事者は大変だったのだ。

自由になること

当院では今月から禁煙外来を始めることとなった。

トータル12週間、その間計4回通院し、ニコチン依存症から離脱するためのプログラムだ。ある一定の基準を満たせば、健康保険も適応になる。3割負担の患者さんで、おおよそ2万円の自己負担で禁煙が可能になるというのだ。

 

かく言う私も4年前まで1日30~40本と大量に喫煙していた。かれこれ30年以上の喫煙だ。

その間、何度も辞めようとして辞められなかった。むしろ、やめようとすればするほど喫煙本数が増えたことを思い出す。

 

最近、ニコチン依存症の機序も最近では明らかになっている。

脳内のニコチン受容体にニコチンが結合することでドパミンという快感をつかさどる物質の放出を促す。だからニコチンが快感になるという記憶と結びついて中毒化するというのだ。

 

そもそも人間の意思の力は悲しいほど弱い。このように脳の代謝的変化を生じているという中毒という症状から離脱するには、覚悟や強い意志は無力ではないが、まったく十分ではない。それを補うのが薬物治療だ。薬物により脳内の代謝を変化させながら、習慣の是正や油断に対する継続的努力が必要なのだ。

 

薬物治療と支持療法。そして本人の努力と周囲の協力。これらが相まって禁煙ができる。そうだとしたら、それこそが在宅医療が得意とする複合療法である。

 

禁煙にはドパミンが出ない。しかしドパミンなしだが自由で健康的な生活ができるのだ。

 

そうはいっても、そして今禁煙していても、私はかつて喫煙者だった。だから私はいつまでも禁煙者なのだと思っている。そしてまたいつしか再び煙草を咥えていないとは限らない。

 

いま、私は仲間でもある喫煙者にやさしい禁煙外来をしてみたいと思っている。

今年最初の小児科研修

今日は今年初めての小児科研修だった。

 

病院で長時間を過ごしていると、その病院のシステムを否応なく見ることができる。

 

業務システムや電子カルテシステム、研修のシステムや患者さんのフォローや地域連携のシステムなど、実際の稼働状況をみることができる。

もちろん今日は休日だから。

普段のうごきとは大きく異なっているのだが、それでもとても参考になる。

 

私にとって、小児科研修はもちろん小児医療の充実のための研修だが、そういう意味でも勉強になる研修である。

 

またさらに学ぶことがある。

休日の小児科診療がどれぐらい忙しいのか?ということである。

 

当地には大学病院をはじめとして、小児当直医療機関がたくさんある。だからなのだろうが、それほど忙しいわけではないのだ。

 

小児救急医療の地域ニーズを感じる次第である。

緊急往診の意義

今日私は今年一年最後の出勤日となった。昨日が外来最終日、そして今日が訪問診療、往診最終日だ。

次は1月2日が私の当番だから、これから3日間は、何か患者さんに変化があった場合、電話対応や指示出しは私が行うが、往診など実際の医療行為は他の医師が対応してくれることとなる。

最終日、予定の診療に加えて、初診往診が1件、退院後初回訪問が1件、さらに緊急往診が4件と立て込んだ。

緊急往診の内訳は、発熱2件、血圧上昇1件、皮膚トラブル(疥癬の疑い)による往診が1件だった。

 

往診でもいろいろな治療的対応ができるし、療養生活の工夫ができる。何より本人家族にとって、何か困ったときにはいつでも往診してもらえるという安心感は大きい。しかし一方で往診の弱さもある。厳密な医療的対応や見守りは困難だからだ。しかし年末の休みに入った今日。病院も手薄だし、入院してもできることは少ない。

それならば、まずは対照的対応を自宅で行い、その間濃密に生活サポートして、介護などが無理なく過ごされるように工夫してみよう。

そしてもし、それでよくなればそれでいいし。よくならないときには、入院医療に切り替えるなどの調整をし直す。そんなことで病状不安定な高齢者が家で過ごす時間が少しずつ伸びていけるのだ。

 

しかし往診の実際の意義はほかにある。

往診を通じて、ご家族が、多少の病状変化に対する対応能力を増すと同時に急変を未然に防ぐ介護を身に着けることができるからである。

一緒に医療やケアに当たることにより、ご家族は介護力を確実に増していく。

往診の真の目的は、家での対応能力の向上にあるのだ。