コミュニケーションツールとしてのエコー

これまで当院では在宅用に3台のエコー装置を使用してきた。

このたび先日導入したばかりの外来用エコー(超音波診断装置)の第一回院内勉強会が開催された。

初回の今日は整形外科エコーの勉強会だった。

さすがに整形外科の先生方は解剖に詳しい。私などは何がどう見えているのかチンプンカンプンだった。

次回は内科系の予定だが、エコーは非侵襲的検査であり、手軽であるという利便があるだけではなく、一つの診断装置でみんながわいわい集まれるという機会を提供する非常に珍しい医療機器であると思った次第である。

巻き爪

巻き爪がひどいから、見に来てほしい。

そんな往診の依頼もある。

認知症があり、かかりつけ医がいるのだが、巻き爪だけのために皮膚科受診はできないという。なるべくなら往診で負担なく見てほしい。

ニッパーで爪を切り、ドリルで形を整える。

「巻き爪自体はひどくないですし、歩いているわけではないので、足にも負担がかかっていません。だから定期的爪をやすりで削ってあげればいいでしょう。」

そんな私の指導に、同席したご家族が苦笑いしながら、申し訳なさそうに頭を下げる。「こんな往診ですいません。」

初めて見る患者さん、別に医者がしなければならないことではないかもしれない。しかし、私にできることがあるなら、できることをしてあげればいい。そんなことを教わった往診だった。

 

女一代

80代の女性は、私鉄沿線の駅前で長いこと飲食店を営んでいたという。

「もともとここは借地です。そこにお店を建てさせてもらった。長年借りてきたけど、一度たりとも地代を遅れたことはなかった。」

すでに長年営業していた店は閉めたが、改築して別のテナントが入っているので、毎朝店前を掃除するのが日課だった。

「家賃をもらっているから、お店の前を掃除ぐらいしてあげないと。」と目をそばめる。

 

「一週間前から、黄疸が出はじめて、今は眼球はおろか肌全体がみかんのように黄色味を帯びてしまった。こんな姿では、明日からお店の前を掃除しているわけにもいかない。」少し寂しそうに語る彼女の横に、山梨県から訪ねてきた息子さんがたたずんでいた。

 

初対面の私に息子さんのことを紹介する。

「この息子とも実はもともとは縁遠かった。今こんなに親切にしてもらっていることに感謝している。」

 

大腸がんが見つかったのは2年前、最初は化学療法も行ったが、あまりにつらかったので途中で中断したという。その後は病院にもいかずに、あえて好きなもの食べて、好きなことをしていたという。

 

いつかこういう日が来ることを知っていた。それがいつなのかは知らなかったが・・・・

 

「もう年に不足はないです。ただ苦痛なく最後まで過ごすことだけが望みです。」静かに彼女がつぶやいた。

 

そんな一言、一言に、昭和の激動を一人で生き抜いてきた女性の力強さと気概が漂っていた。

着替えに来てください。

一人暮らしの高齢女性が転んで、左上腕骨を痛めたと当院外来を受診されたのは月曜日のことだ。レントゲンで明らかな上腕骨骨折が認められたため、手術の検討をしてもらうために近くの病院に受診していただいた。しかし結局は手術にならずにバンド固定して、様子を見ることとなったという。

その女性が困り果てて、当院外来にいらしたのは、昨日のことだ。

バンドがズレるのも困っていたが、さらに困っているのは、着替えもできなければ、お風呂に入れないで困っているという。早速早速当院の看護チームがバンドの固定をし直すと同時に、外来のブースを使ってのお体を清拭し、着替えを手伝う。

いらしたときとは全く違いさっぱりとして明るい顔になってお礼を言う彼女に向かって、当院の看護師が声をかける。「また着替えにいらしてください!」

 

そう。かかりつけ的支援とは医療的支援だけではなく、生活的支援が大切だ。病者が一人ではできない生活行為を支援する。それこそがかかりつけ医療ではないだろうか?

 

患者さんはもちろん私も、看護婦さんの言葉に励まされた。